「環境に優しいから」という理由で、有機農法や自然農法で作られた食材を選ぶ方も多いのではないでしょうか。確かに、化学肥料や農薬を使わない農法は、何となく地球に良いイメージがありますよね。
しかし、本当に有機農業は環境に優しいと言い切れるのでしょうか?このブログでは、そんな疑問を掘り下げて考えていきたいと思います。
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農業そのものがそもそも環境破壊?
「農業を守ることは地球環境を守ることだ!」
このような言葉を耳にする機会は少なくありません。農業が自然を守り、生態系を維持する重要な産業である、という考え方です。
しかし、私が小学生の頃に教わったことは、全く逆の事実でした。「農耕という文化ができてから、人は環境を破壊するようになった」と。当時の私にとって、それは衝撃的な事実であり、30年経った今でも鮮明に覚えています。
私たちが守りたいと考える「自然」とは、一体どのレベルの自然なのでしょうか?この問いこそが、「農業=自然を守ること」と「農業=自然を破壊すること」の分岐点に繋がると私は考えています。
農業=自然を守ること、という考え方
この考え方の前提には、都市開発などによって失われることなく、「食糧を確保できる」農地が守られること、そしてそこに住む生態系を守ることがあります(あくまでざっくりとした解釈ですが)。つまり、人と自然が共生できる最低限の仕組みの中で、自然を守るという視点です。
田畑を守り、里山では山を整備しながら、人が生活する場所とそれ以外の生き物が棲む場所を分け、私たちが思い描く「昔ながらの田園風景」を守っていく。
人が生きていくためには、安定した食糧生産が不可欠です。世界人口が増加し続ける現代において、食糧確保はますます重要な課題となるでしょう。環境への破壊や負荷をできる限り抑えながら食糧を生産していく、それが「農業=自然を守ること」という考え方なのかもしれません。
農業=自然を破壊すること、という考え方
一方、自然派の哲学者(残念ながら具体的な名前を失念してしまいましたが…)や、農業コンサルタントの岡本信一氏などは、全く異なる視点を提示しています。
彼らによれば、農業そのものが原始的な自然を破壊し、搾取し続ける行為であるというのです。人が食糧を得るために土地を開墾し、種をまき、収穫物を食べる。この一連の行為こそが、自然から人を切り離し、自然からの搾取という形をとったと考えることができます。
また、岡本氏は、農業を行うことで開拓された土地は土壌の流出や砂漠化を引き起こし、自然は確実に破壊されると警鐘を鳴らしています。
このように、農業は原始的な自然を破壊し、食糧生産のために自然から搾取しているという認識を持った上で、改めて「有機農業は本当に環境に優しいのか」という問いに向き合ってみましょう。
有機農業が広まったきっかけ
私が調べた限りでは、日本で有機農業の運動が本格化したのは、主に公害問題が深刻化したことが背景にあると考えられます。1970年代に有吉佐和子氏が出版した『複合汚染』は、社会に大きな衝撃を与え、有機農業への関心を高める一因となりました。
そして、1999年には「持続農業法」が施行され、環境と調和の取れた持続的な農業生産が促進されました。この法律でいう持続的な農業生産とは、堆肥などを投入して土作りを行い、化学肥料や化学農薬の使用を減らすことを指します。この時、「エコファーマー」という制度も生まれました。
有機農業は環境に優しいのか?科学的な視点
有機農業が環境に優しいと言われる一方で、「どの程度優しいのか」「本当にそうなのか」といった疑問に対し、海外を中心に様々な研究が進められてきました。
窒素の問題
環境への負荷を考える上で、まず頭に浮かぶのは「窒素」の問題でしょう。化学肥料に含まれる窒素が大量に畑に投入されると、地下水に溶け出して汚染したり、河川や湖沼の富栄養化を引き起こしたりする可能性があります。
イギリスの研究によると、単位面積あたりで比較した場合、有機農業による窒素汚染は慣行農業に比べて約30%低いという結果が出ています。これは、有機農業では化学肥料の使用量が少ないことが主な理由です。
しかし、興味深いことに、単位生産量(同じ量の作物を生産した場合)で比較すると、有機農業の方が約50%も窒素汚染が多くなるという結果も報告されています。これは、有機農業は一般的に慣行農業よりも収量が少ないために、同じ量を生産するのに広い面積が必要となり、結果として排出される窒素の総量が増えるためと考えられます。
また、強力な温室効果ガスである亜酸化窒素の排出量についても同様の傾向が見られました。単位面積あたりでは有機農業の方が約30%少ないものの、単位生産量あたりでは約8%多いという結果が出ています。
土地利用
ヨーロッパの研究では、有機農業における作物生産や家畜生産の収穫量が慣行農業よりも低いことから、同じ量の食料を生産するのに80%以上も多くの農地が必要となることが示されています。
この結果から、生産性の低い有機農業は、より多くの土地を必要とするため、慣行農業よりも自然への負荷が大きいと主張する研究者もいます。森林破壊などを引き起こす可能性も考慮すると、一概に有機農業が環境に優しいとは言えない側面もあるのです。
ただし、近年では収量の多い有機農業の技術も開発されており、もしそのような技術が広く普及すれば、この主張は覆される可能性があります。科学的・論理的な有機農業の技術革新は、無農薬で多くの野菜を収穫する方法を生み出しつつあります。
温室効果ガスの排出量
温室効果ガスの排出量に関しては、有機農業と慣行農業で明確な差は見られなかったという研究結果があります。
生態系への影響
生態系への影響に関しては、有機農業が有機物を畑に投入することなどがプラスに働くと考えられています。化学農薬を使用しないことも、土壌微生物や昆虫など、多様な生物の生息を助ける要因となります。
しかし、興味深いことに、有機農業と慣行農業を比較するよりも、農地の景観そのものが生態系にとって重要であると主張する論文もあります。大規模な圃場になると、多くの動物や植物の個体数が減少するため、ある程度の規模に留めた方が生物多様性の保全には繋がるという考え方です。
まとめ
これらの研究結果を総合的に見ると、現時点では、全体として有機農業の方が環境への負荷は少ないと考えられる傾向があります。
ただし、ここで一つ重要な注意点があります。それは、堆肥や肥料を「少なく」投入した場合に限って言えるということです。有機農業であっても、肥料を過剰に投入すれば、窒素汚染などの環境問題を引き起こす可能性が高まります。
いかがでしたでしょうか?
農業そのものが原始的な自然を破壊する側面を持つことは否定できません。しかし、肥料や堆肥の使用量を適切に管理することで、有機農業は環境に優しい農業であると言えそうです。
もちろん、慣行栽培が一概に環境に悪いというわけではありません。現在では、慣行栽培を行う農家の方々も、環境への負荷を低減するために様々な工夫を凝らしています。その点も忘れてはならないでしょう。
追記:有機農業が環境に与える影響
上記の議論を踏まえ、有機農業が具体的に環境にどのような影響を与えるのかをさらに詳しく見ていきましょう。
ポジティブな影響
- 化学合成された農薬や肥料の不使用: これにより、土壌や地下水の汚染リスクを低減し、生態系の多様性を保全する効果が期待できます。農薬による直接的な生物への影響も避けることができます。
- 土壌の健康促進: 有機物の投入や適切な耕うん方法により、土壌の団粒構造が改善され、保水性や通気性が向上します。これにより、土壌浸食の防止や炭素貯留の促進にも繋がります。
- 生物多様性の向上: 化学農薬を使用しないことで、昆虫、鳥類、微生物など、様々な生物が生息しやすい環境が整います。これは、農地周辺の生態系の豊かさに貢献します。
- エネルギー消費量の削減: 化学肥料の製造には多くのエネルギーが必要となるため、その使用を避ける有機農業は、間接的にエネルギー消費量の削減に貢献します。
- 温室効果ガス排出量の抑制(適切な管理下で): 適切な堆肥管理や土壌管理によって、土壌からの亜酸化窒素の排出を抑制する可能性があります。また、化学肥料製造に伴う温室効果ガス排出も削減できます。
ネガティブな影響・課題
- 単位面積あたりの収量低下: 一般的に、有機農業は慣行農業に比べて単位面積あたりの収量が低い傾向があります。これは、より多くの農地が必要となる可能性を意味し、森林破壊や自然環境の改変に繋がる恐れがあります。
- 単位生産量あたりの環境負荷増大の可能性: 上述の通り、収量低下を補うために耕作面積を拡大すると、窒素流出や温室効果ガスの総排出量が増加する可能性があります。
- 堆肥管理の難しさ: 有機農業では重要な役割を担う堆肥ですが、その管理方法によっては悪臭や病害の発生、過剰な栄養塩の流出といった問題を引き起こす可能性があります。
- 雑草や病害虫対策の困難さ: 化学農薬に頼らない有機農業では、雑草や病害虫の管理がより困難になる場合があります。適切な知識や技術が必要となり、場合によっては収量の大幅な減少に繋がることもあります。
- 土地利用効率の低さ: 同じ量の食料を生産するために広い土地が必要となるため、土地利用の効率性は慣行農業に劣る場合があります。
結論
有機農業は、化学合成された農薬や肥料の使用を避けることで、土壌や水質、生物多様性の保全に貢献する可能性を秘めています。しかし、単位面積あたりの収量低下や、それに伴う土地利用の拡大は、新たな環境負荷を生み出す可能性も否定できません。
有機農業が真に環境に優しいと言えるためには、収量を維持・向上させるための技術開発や、適切な堆肥管理、効率的な土地利用などが重要となります。また、消費者は有機農産物を選ぶだけでなく、その生産方法や背景にある環境への配慮についても理解を深めることが大切です。
慣行農業においても、環境負荷低減に向けた技術革新は進んでいます。両方の農法がそれぞれの課題に向き合い、より持続可能な食料生産システムを構築していくことが、今後の地球環境にとって不可欠と言えるでしょう。