「腐らない野菜」は幻想?自然農法の真実と、本当に良い野菜の選び方

「自然栽培の野菜は腐らないから安全安心!」

もしあなたが野菜に少しでもこだわりを持っているなら、あるいは健康的な食生活に関心があるなら、一度はこのような言葉を耳にしたことがあるかもしれません。特に自然栽培ブームの頃には、インターネットを中心に「腐敗試験」の結果が話題となり、自然栽培の野菜には特別な力が宿っているかのようなイメージが広まりました。

私たち「自然農園」(*2019年時点)という屋号で農業を営む者として、お客様から「自然栽培の野菜って本当に腐らないんでしょう?」と尋ねられることは決して珍しくありません。その度に、私たちはこの根強い誤解を解き、野菜の持つ本来の姿についてお伝えしたいと感じています。

このブログでは、「自然栽培の野菜は腐らない」という通説は果たして真実なのかを探り、腐敗と枯れるという異なる現象について詳しく解説します。さらに、自然農法の野菜に対する過度な期待と、私たちが考える本当に良い野菜の選び方について考察していきたいと思います。

似て非なるもの。「腐る」と「枯れる」の違い

まず、野菜の状態を表す言葉としてよく使われる「腐る」と「枯れる」の違いを明確にしておきましょう。広辞苑や日本国語大辞典によれば、その意味合いは大きく異なります。

腐敗とは、「有機物、特にタンパク質が細菌によって分解され、有毒な物質と悪臭ある気体を生じる変化」を指します。つまり、微生物の働きによって有機物が分解され、私たちにとって不快な状態になることを意味します。

一方、枯れるとは、「植物が水気がなくなって生気がなくなる。または花や葉が落ちる」状態を指します。これは、植物が生命活動を終え、水分を失って乾燥していく過程です。

このように、「腐る」と「枯れる」は、原因も結果も全く異なる現象であることがわかります。

「自然栽培の野菜=腐らない」はどこから来たのか?

自然栽培の野菜が腐らないと言われるようになった背景には、自然農法系の団体が40年以上前から行ってきた保存試験(腐敗試験)の影響が大きいと考えられます。ある自然農法団体では、指導者が一般的な栽培の野菜と比較して、自然栽培で育てた野菜の方が腐りにくいという実験結果を示したとされています。

近年では、木村秋則氏の「奇跡のりんご」が広く知られるようになり、その流れの中でナチュラルハーモニーの河村氏が『自然の野菜は腐らない』という書籍を出版しました。この書籍の影響力は大きく、「自然栽培の野菜=腐りにくい=安全安心な野菜」というイメージが一般に浸透する一因になったと言えるでしょう。

しかし、実際に私たちが日々の農作業でお客様と接する中で、「自然栽培の野菜は腐らないから安全安心なのよね」という言葉を耳にするたびに、その認識と現実の間に大きな隔たりがあることを痛感します。

なぜ腐りやすい?なぜ腐りにくい?

では、野菜の腐りやすさ、あるいは腐りにくさにはどのような要因が関係しているのでしょうか?

一般的に言われているのは、「慣行栽培の野菜は化学肥料を多用し、硝酸態窒素を多く含んでいるため腐りやすい」という説です。

食べ物の腐敗を引き起こすのは、私たちの周りに常に存在する微生物です。農産物の場合、畑の土壌にいる微生物も腐敗の原因の一つとなります。腐敗のメカニズムとしては、植物自身がこれらの腐敗菌に対して抵抗力を失った時から始まると考えられています。

有機農業の研究者によると、化学肥料や有機質肥料を大量に施用し、硝酸態窒素を過剰に蓄積した植物は、急速な成長によって細胞壁が薄くなり、病害虫に侵されやすくなります。また、菌に対する抵抗力も弱いため、菌が増殖しやすく、結果として腐りやすくなると考えられています。

一方、適度な肥料でゆっくりと育った野菜は、細胞壁が厚く、微生物に対する抵抗力を持つため、腐りにくい傾向があると言われています。

自然の摂理。植物は必ず土に還る

しかし、ここで忘れてはならないのは、植物は最終的には必ず腐るという自然の摂理です。農業や家庭菜園を経験したことがある方なら、このことは日常的に目にしているはずです。自然農法の野菜であろうと、慣行栽培の野菜であろうと、あるいはスーパーに並ぶ野菜であろうと、例外はありません。森や野原に自生する植物も、枯れ葉の下を掘れば、湿って分解されているのがわかります。

「自然栽培の野菜=腐れない」という認識は、この自然のサイクルを見落としていると言わざるを得ません。

「腐らない」のではなく「腐敗するスピードが遅い」

「自然栽培の野菜=腐れない」というよりは、「自然栽培の野菜は、先に水分が抜けて枯れ、その後腐敗が始まるまでに時間がかかる」と考える方がより現実に近いと言えるでしょう。

一般的な栽培の野菜や、有機質肥料を大量に使った野菜は、菌に対する抵抗力が弱いため、水分が残ったまま腐敗が先行する可能性が高いと考えられます。

興味深いのは、自然栽培ブームの火付け役とも言える河村氏の著書『自然の野菜は腐らない』を読み進めていくと、「腐りにくい」あるいは「腐りにくい傾向がある」という記述が散見されることです。また、きゅうりの腐敗実験を取り上げた箇所では、自然栽培のきゅうりから「悪臭ではなく、かすかに甘い匂い」がしたと述べられています。これは、自然栽培のきゅうりも腐敗が始まっていたことを示唆しているのではないでしょうか。しかし、その後の経過観察については本書には記載されていませんでした。この点からも、「腐らない」という強い言葉が、読者に誤解を与えている可能性は否定できません。

生態系の視点から考える「腐敗」

生態系の視点から見ると、自然界には生産者(植物など、自分で有機物を生産するもの)、消費者(動物など、有機物を食べるもの)、そして分解者(微生物など、有機物を分解して無機物にするもの)が存在します。腐敗は、分解者が有機物を分解し、無機物へと戻すための、自然界における重要なサイクルの一部なのです。

自然栽培で育てられた野菜も、この自然のサイクルから逃れることはできません。大切なのは、「腐らない」という幻想を抱くのではなく、「腐るまでの時間が比較的長い」という点を理解することです。

「腐りにくい=安全安心」ではない

さらに注意すべき点は、「腐りにくい野菜=安全安心な野菜」とは一概には言えないということです。腐るまでの時間が長いという一面だけで、その野菜の安全性や品質を判断することは危険です。

本当に良い野菜を選ぶためには、腐りやすさという一面的な情報に惑わされるのではなく、誰が、どこで、どのように育てたのかという背景をしっかりと理解することが重要です。信頼できる生産者から、栽培方法や 理念を直接聞くことができれば、より安心安全な野菜を選ぶことができるでしょう。

私たち自然農園は、農薬や化学肥料に頼らず、土本来の力を活かした野菜づくりを行っています。私たちの野菜も、いずれは枯れ、そして土に還ります。しかし、その過程は、自然の恵みを最大限に引き出し、生命力に満ち溢れたものであると自負しています。

「腐らない野菜」という言葉に惑わされず、野菜本来の味や香り、そして育った環境に目を向けること。それが、本当に良い野菜を選ぶための第一歩なのかもしれません。

もしあなたが本当に安全で美味しい野菜を探しているのであれば、ぜひ生産者の顔が見える、ストーリーのある野菜を選んでみてください。そして、自然の恵みに感謝しながら、その命をいただくという感覚を大切にしていただければ幸いです。

【2025年追記】
2019年時点では当園は自然栽培や有機栽培を実践しておりましたが、2025年には農薬節減栽培や慣行栽培に切り替えております。
自身が農薬節減栽培や慣行栽培で育てた野菜も自然栽培や有機栽培で育てた野菜も同じタイミングで腐ります。ただ腐るまでの時間が他の野菜(スーパーで販売されている一般の野菜)より長いというだけでした。

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