2020年以降、私たちの社会は新型コロナウイルス感染症の流行により、様々な変化を余儀なくされました。
障害者就労支援施設も例外ではなく、特に飲食店や販売関係の仕事に携わっていた施設では、事業縮小や休業といった大きな影響が出ていると聞きます。
そのような状況下で、新たな活路として注目を集めているのが「農福連携」です。
当園にも、コロナ禍で仕事が減少したことや、密を避けられる農業への関心が高まったことを背景に、多くの問い合わせが寄せられています。
問い合わせの中で特に多い質問が、「農作業に来るスタッフに求められることは何ですか?」というものです。
そこで今回は、当園がこれまでの農福連携の取り組みを通して感じてきた、農家側の視点から見た「農福連携で共に働くスタッフに求められること」について、詳しく解説していきたいと思います。
あくまで当園の経験に基づいたものであり、全てに当てはまるとは限りませんが、これから農福連携を検討されている農家の方や支援施設の方にとって、少しでも参考になれば幸いです。
Table of Contents
農福連携でスタッフに求められる4つのこと
当園では、農福連携において共に働くスタッフの方に、大きく分けて以下の4つの要素が重要だと考えています。
その1:ある程度の体力
農作業は、想像以上に体力が必要となる仕事です。特に屋外での作業が中心となるため、ある程度の体力は求められます。
多くの支援施設の方から「うちのスタッフは、普段から草取りなどの外作業をしているので体力には自信があります!」というお話を伺います。
しかし、実際に当園で農作業を体験していただくと、1〜2時間程度で疲弊してしまうケースが少なくありません。
もちろん、当園の作業内容がハードである可能性も否定できませんが、日頃の作業と実際の農作業では、使う筋肉や動きの質が異なるのかもしれません。
農福連携を始めたばかりの頃は、スタッフの方の体力が十分でないのは当然のことです。
私たちは、温かい目で見守りながら、徐々に作業に慣れていただくように心がけています。
その過程で、「やっぱり体力的に厳しいので続けられそうにない」という方もいれば、「これから体力をつけて頑張りたい!」と意欲を見せてくれる方もいます。
この初期段階で、お互いの意思を確認し、納得のいく形で連携を進めていくことが大切だと考えています。
その2:自然が好きであること(農作業への意欲)
農作業は、自然を相手にする仕事です。そのため、「自然が好きであること」、ひいては「農作業が好きであること」は、非常に重要な要素だと考えています。
支援施設側が「農作業をさせたい」と考えていても、実際に作業するスタッフの方がそうとは限らないケースも時折見受けられます。
自然や農作業に興味や関心がない場合、どうしてもモチベーションが上がらず、作業が単調になりがちです。
また、そのような雰囲気は周囲にも伝染しやすく、ミスにも繋がりかねません。
このような状況は、農家とスタッフ双方にとって良い結果を生みません。
そのため、当園では研修期間中にスタッフの方の様子を観察させていただき、場合によっては連携をお断りすることもあります。
一方で、たとえ体力があまりないスタッフの方でも、自然が好きで農作業に夢中に取り組んでくれるのであれば、私たちはその方の個性に合った作業を少しずつ、無理のないペースでお願いするようにしています。興味や関心があれば、体力的な課題も乗り越えやすくなることが多いと感じています。
その3:工賃に見合った作業ができること
これは、あまり触れたくない話題かもしれませんが、工賃先行型の支援施設が多いのも事実です。
他の農福連携に関するブログでも指摘されていますが、農作業の内容や難易度も分からない段階で、「うちの施設では工賃〇〇円でお願いしています」といった交渉を持ちかけてくるケースがあります。
支援施設の運営状況も理解しているつもりですが、提示された工賃に見合った作業を実際に遂行できるのかどうかを見極める必要があります。
この点で農家と施設の認識にずれが生じると、「農福連携をやめたい」「やめる」といった事態に繋がりかねません。
そのため、事前にしっかりと話し合いを重ね、お互いが納得できる落としどころを見つけることが重要です。
当園では、複数の支援施設からスタッフを受け入れている関係上、個々の施設の基準よりも、来てくれている全てのスタッフが平等になるように工賃を設定しています。
具体的には、体力、モチベーション、そして個々の作業に要した時間や出来などを総合的に評価し、工賃を提案させていただいています。
時折、「健常者のようには働けないかもしれないけれど、彼らにも最低賃金以上の給料を支払ってあげたい」という熱意のある支援者の方もいらっしゃいます。
そのお気持ちは理解できますが、私たち農家も、農産物を消費者に届けるという生業として真剣に取り組んでいます。
一定以上の成果が求められるのは必然であり、折り合いがつかない場合は、お互いのためにも農福連携は見送るべきだと考えています。
農家と支援施設の関係性の難しさについては、以下のブログ記事でも触れていますので、ぜひ参考にしてください。
https://sizennouenmitu.com/archives/2275
では、どのようにすれば工賃を上げ、かつ農家にとっても実りある農福連携となるのでしょうか?
私が考える理想的な形は、農家と施設の支援員が協力し、スタッフ一人ひとりの得意な作業を見つけ出し、スキルアップを支援していくことです。
その4:支援員に農業経験・体験経験があること
支援員の方が農業について知識や経験を持っているかどうかは、農福連携の円滑な運営において非常に大きな違いを生み出します。
支援員の方に全く農業経験がない場合、正直なところ、農家側の負担は大きくなりがちです。
当園では、そのような未経験の方には、簡単な草取りや圃場の片付けといった、比較的容易な作業のみをお願いするようにしています。
しかし、実際にはそのような単純な作業は多くありません(他の農家さんも同様かもしれません)。
未経験の支援員やスタッフに一から農業指導を行うとなると、農家側は準備や指導に多くの時間を費やすことになります。
時間をかけて指導したにも関わらず、支援員が退職や異動してしまうと、それまでの努力が無駄になってしまう可能性もあります。
そのため、未経験の場合は、まず農作業体験をしてもらったり、他の事業所で農作業をしているところで研修を受けてもらうなど、ある程度の基礎知識や経験を積んでから農福連携に取り組む方が、双方にとってスムーズに進められると考えられます。
ちなみに、当園では支援員の方に農業指導を行う場合、指導料をいただき、しっかりと技術や知識を習得していただくようにしています。
当園の実際の現場にて
実際に、当園「MITU」では、現在どのような形で農福連携に取り組んでいるかをご紹介します。
まず、最初から「工賃〇〇円で!」という条件を提示してくる施設さんに対しては、こちらからつきっきりの指導や見守りは行っていません。
当園では、「業務委託契約」という形で施設さんと契約することが多いのですが、工賃が発生する段階でこの契約を締結します。
業務委託契約は、「発注者がある業務の実施を受注者に委託し、受注者がこれを承諾して、発注者と対等の立場で、しかも自己裁量と責任により、委託された業務を完璧に実施する」というものです。
そのため、依頼した作業をきちんとこなしてもらうことに重点を置いています。
作業にあたっては、スタッフの方の能力や適性を考慮し、かつ提示された工賃に見合った内容のものを割り振るようにしています。
「未経験なので、指導や見守りをしてほしい」という依頼を受けることもありますが、業務委託契約を締結している以上、スタッフや支援員の給料を支払いながら、彼らに一から指導し、一日中見守り、自分の本来の業務を放棄してまで対応することは難しいと感じています。
私がそこに時間と費用を費やしてしまうと、当園の野菜を心待ちにしているお客様にご満足いただけるような野菜を育てるための時間や費用が不足してしまいます(普段からギリギリの状況です)。
一方で、契約前に「スタッフ一人ひとりに合った作業を一緒に考えたい」「支援員自身が農業初心者なので、スタッフに指導できるよう教えてほしい」といったご要望があれば、こちらも(費用をいただいた上で)丁寧に指導させていただきます。
もちろん、スタッフの方が自然や農業が好きであることが前提ですが、その上で個々の体力やモチベーション、集中力などを考慮しながら、適した作業を見つけていきます。
その後、ある程度、当園と施設側双方でスタッフの作業計画や見通しが立った段階で契約を交わし、本格的に業務を依頼する流れとなります。
この研修から業務委託契約に至るまでの期間は、概ね3ヶ月〜半年、長い場合には1年ほどかけることもあります。
時間はかかりますが、その分、農園の即戦力として活躍していただき、その労働に見合った対価をきちんと支払うことを重視しています。
最後に
いかがでしたでしょうか?
近年、農業分野では高齢化や担い手不足が深刻化しており、農福連携に大きな期待が寄せられています。しかし、「安易」な気持ちで取り組んでしまうと、失敗に終わる可能性も少なくありません。
おそらく想像以上に体力が必要とされる仕事であり、向き不向きがあることも理解しておく必要があります。
本当に体力的にやっていけるのか(体力をつけていきたいのか)、スタッフの方が自然や農作業が好きであるのか、農業経験がない場合は農家とどのように連携を始めるべきか、工賃を先行させるのではなくスタッフの能力や意欲を第一に考え、農家とどのように歩み寄っていくか。
もしあなたが農福連携に興味をお持ちであれば、ぜひこれらの点を考慮した上で、慎重に検討を進めてみてください。