近年、「農福連携」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
農業分野と福祉分野が連携し、主に障害のある方々が農作業を通じて就労の機会を得たり、社会参加を促進したりする取り組みです。
私の周りの農家さんや農業法人の方々もこの取り組みに興味を持つ方が増えてきましたが、実際に連携を進める上での難しさから、一歩を踏み出せずにいる現状も少なくありません。
本稿では、宮城県仙台市で農福連携に取り組み、障害のある個人の作業受け入れも行っているMITUの事例を基に、福祉施設との関係性の難しさや、その解決に向けた具体的な方法についてご紹介します。
この情報が、これから農福連携に取り組もうと考えている方、あるいは既に始めているものの課題に直面している方の参考になれば幸いです。
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MITUにおける農福連携の実際
MITUでは、仙台の圃場において、2022年時点で4箇所の就労支援施設と、個人で研修に来られている方々と連携しています。
農福連携の主な内容は、露地野菜の生産から袋詰めまでの一連の作業を季節ごとにお願いするというものです。
具体的には、A型・B型就労支援施設のメンバー(以下、「メンバー」と表記します)の方々に、堆肥撒き、植え付けや種まき、除草、収穫作業、片付け作業、袋詰めなどを中心に行っていただいています。
おかげさまで、年間を通して何かしらの作業をメンバーの方々にお手伝いいただいている状況です。
私たちは、この農福連携の取り組みを始めてから約9年、現在の施設様との連携も今年で6年目を迎えます。この間、多くの喜びと学びがありましたが、同時に農福連携ならではの難しさを感じる場面もいくつかありました。
農福連携の難しさ:現場で直面する課題と解決策
ここでは、私たちが実際に農福連携に取り組む中で直面した難しさ、そしてその解決に向けて試みた方法について、主なものをいくつかご紹介します。
1. できる作業の見極めと作業ができない時の対応
農福連携を始めるにあたり、まず悩むのが「どのような作業をお願いできるのか」という点ではないでしょうか。
また、施設側から「通年で作業に来たい」という要望がある場合もあるかもしれません。
私たちの農園でも、通年でメンバーの方々にお越しいただいていますが、どうしても作業には向き不向きがあり、その時のメンバーの心身の状態によっても作業のクオリティにばらつきが出ることがあります。
例えば、以前は堆肥撒きを綺麗にこなせていたメンバーの方が、今回は全く上手く撒けず、結果的にMITUのスタッフがやり直すというケースがありました。
堆肥撒きは一見単純な作業に見えますが、作物の生育を左右する重要な工程であり、均一に撒くためにはある程度の注意と慣れが必要です。
このような状況に対し、私たちはどのように対応すべきか真剣に悩みました。
特に、堆肥撒きが畑の主な作業である時期には、他にメンバーにお願いできる作業がなく、無理に何か別の作業をお願いしても、お互いにとってメリットが少ないと感じました。
そこで、私たちはいくつかの解決策を検討し、施設のスタッフの方とも話し合いを重ねました。
最終的に至った解決策の一つが、「無理に作業をせず、メンバーができる他の作業が出てくるまで休みにする」という選択肢でした。
農福連携は、農業分野における就労の機会創出という側面を持つ一方で、「作業をすることでその対価(お金)を得る」というシビアな側面も持ち合わせています。
受け入れ側の農園も、作業に来る側の施設も、この点をしっかりと認識しておく必要があると考えます。
「ただ畑に来たからお金をください」とか「ボランティア精神で」といった考え方では、長期的な関係を築くことは難しいでしょう。
受け入れ側の農園は、メンバーの方々ができる作業を積極的に考え、創り出す努力が求められます。
普段自分たちが行っている一連の作業を細かく分解し、「この部分ならメンバーの方にもお願いできるかもしれない」と検討したり、新しい栽培方法や作業を取り入れ、メンバーの方々と一緒に取り組むことを模索したりします。
一方、多くの福祉施設は、作業の対価としてメンバーが受け取るお金に見合った作業を提供できるよう、真剣に工夫を凝らしてくださっています。
メンバーの特性や能力を把握し、無理なく取り組める作業を選定したり、作業手順を分かりやすく工夫したり、必要なサポート体制を整えたりといった努力をされています。
それでも、どうしても作業内容とメンバーの状況との間で折り合いがつかない場合は、率直に話し合い、「休み」という判断も一つの選択肢として考えるべきではないでしょうか。
少なくともMITUでは、現在連携している施設様とは末永く良好な関係を築いていきたいと考えているため、どのような判断をするにしても、お互いが納得いくまでじっくりと話し合いを重ねるようにしています。
この堆肥撒きのケースでは、最終的に他の作業が見つかったため、「休み」という措置は取らずに済みましたが、この経験を通して、柔軟な対応と密なコミュニケーションの重要性を改めて認識しました。
2. 一方的な条件提示をする施設への対応
現在連携している施設様ではありませんが、過去には「農福連携で連携したい」と申し出てきた施設の中には、非常に残念ながら一方的な条件提示をしてくるケースが少なからずありました。
具体的には、メンバーの方々がどのような作業ができるのか、作業のクオリティはどの程度なのか、どのような個性を持った方がいるのかといった基本的な情報が全く提供されないまま、「仕事がなくて困っています。うちではこれくらいの給料(工賃)で働いているので、御社でも○○円支払ってください」と、一方的に金額を提示してくるのです。
酷いケースでは、何か責任が発生した場合の責任は全て生産者側、支援員の給料も支払う(一般的に支援員の給料は行政のお金から捻出されています)、来園日も一方的な指定、施設のスタッフの方は農業の知識が全くなく、こちらがゼロから全て指導しなければならない、といった事例もありました。
元々、農業の分野で障害のある方や様々な悩みを抱えている方の支援をしたいという思いでこの世界に飛び込んだ私ですが、さすがにこのような一方的な姿勢の施設とは、連携を進めることは難しいと感じています。
もし話し合いによって解決の糸口が見えない場合は、無理にそのような施設と農福連携に取り組む必要はないというのが正直な意見です。
お互いに歩み寄りの姿勢が見られない場合、丁重にお断りすることも、長期的な関係性を維持するためには重要な判断です。どちらか一方だけが無理をし続ける関係は、決して長続きしません。
農福連携を成功させるために最も大切なこと
農福連携という言葉が広まり、関心を持つ農家さんや農業法人、福祉施設が増えていることは、大変喜ばしいことです。
農業の分野で障害のある方や様々な悩みを抱えている方が就労し、働く機会が増えることは、社会全体の包容性を高める上で非常に意義深いと考えます。
また、農業が、悩みを抱える方々が元気を取り戻し、社会へ踏み出すための一歩となるのであれば、これほど嬉しいことはありません。
しかし、農家や農業法人は、ボランティアとしてメンバーの方々を受け入れているわけではありません。
農業を通して生きがいや就労の場を創出するという目的と同時に、メンバーの方々に行っていただいた作業に対する対価として、金銭をお支払いしています。
このお金は、私たちが愛情を込めて育てた農作物を購入してくださったお客様からいただいた大切なものです。
お客様からいただいたお金を、また次のお客様に美味しい農作物を届けられるよう、私たちは日々の栽培に全力を注いでいます。
このお金の重み、そしてその背景にあるお客様の想いや期待、私たちなりの責任を感じていることを、ご理解いただけたら幸いです。
もしかしたら、「金、金、言っているんじゃないよ」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、私たちにとってお金そのものというよりも、お客様からの信頼や期待といった無形の価値と引き換えに、農作物を買っていただいているという感覚が強いのです。
「次も良い作物をよろしく」というお客様の気持ちが込められたお金だからこそ、私たちはその責任を真摯に受け止め、より良い農作物を届けたいと強く願っています。
したがって、農福連携においては、メンバーの方々の作業の向き不向きや、心身のコンディションによる作業の波を極力避けることができるよう、受け入れ側が環境を整えてあげることが重要です。
同時に、生産者と支援員、あるいは施設側との間で、密な話し合いを繰り返し、お互いの妥協点を見つける努力が不可欠だと考えます。
福祉の制度や法律が変わり、施設の経営が厳しくなっている現状や、障害のある方々の仕事が不足しているという状況も理解できます。
是が非でも「施設外就労」という形で経済的な基盤を確立したいという切実な思いが伝わってくることもあります。
しかし、障害のある方々と農家や農業法人が共に働くということは、その先にいるお客様の存在を忘れてはならないということです。
お客様に満足していただける品質の農作物を安定的に提供することも、農福連携の重要な側面の一つではないでしょうか。
農福連携を一時的な取り組みで終わらせず、持続可能なものとして広げていくために、まずは農家・農業法人と就労支援施設等の間で、時間をかけてじっくりと話し合いを重ね、お互いに歩み寄ることから始めてみませんか。
共に知恵を出し合い、それぞれの立場や状況を理解し合うことで、より良い連携の形が見えてくるはずです。
農福連携のメリット・デメリット
最後に、農福連携がもたらすメリットと、取り組む上で考慮すべきデメリットについて整理しておきたいと思います。
農福連携のメリット
農業分野にとってのメリット
- 労働力不足の解消: 高齢化や担い手不足が進む農業分野において、新たな労働力を確保できる可能性があります。
- 多様な人材の活用: 障害のある方の持つ様々な能力や視点を活かすことで、新たな発想や効率化につながる可能性があります。
- 地域社会への貢献: 福祉施設との連携を通じて、地域社会とのつながりを強化し、社会貢献活動を推進できます。
- 企業のイメージ向上: 農福連携に取り組むことで、社会的な責任を果たす企業としてのイメージ向上につながります。
- 新たな販路の開拓: 福祉施設との連携を通じて、新たな販路や販売機会が生まれる可能性があります。
福祉分野にとってのメリット
- 就労機会の創出: 障害のある方にとって、農業という新たな就労の場を提供できます。
- 社会参加の促進: 農作業を通じて、地域社会との交流を深め、社会参加を促進できます。
- 生活意欲の向上: 自然に触れ、体を動かすことで、心身のリフレッシュや生活意欲の向上につながります。
- 多様なスキルの習得: 農作業を通じて、様々な知識や技術を習得できます。
- 自己肯定感の向上: 役割を持つことや、成果を実感することで、自己肯定感や自信を高めることができます。
- 工賃収入の向上: 労働の対価として工賃を得ることで、経済的な自立を支援できます。
農福連携のデメリット
農業分野にとってのデメリット
- 作業効率の低下: 障害のある方の能力やペースに合わせた作業となるため、作業効率が低下する可能性があります。
- 指導・管理の負担: 障害のある方への適切な指導や安全管理が必要となり、スタッフの負担が増加する可能性があります。
- 意思疎通の難しさ: 障害の種類や程度によっては、意思疎通が難しい場合があります。
- 設備投資の必要性: 障害のある方が安全かつ快適に作業できる環境を整備するための設備投資が必要となる場合があります。
- 品質管理の難しさ: 作業のばらつきなどにより、農作物の品質管理が難しくなる可能性があります。
福祉分野にとってのデメリット
- 専門性の不足: 福祉施設のスタッフが農業に関する専門知識や技術を持っていない場合があります。
- 送迎・移動の負担: 農場までの送迎や移動の手段を確保する必要があり、施設側の負担となる場合があります。
- 事故・怪我のリスク: 農作業には一定の危険が伴うため、事故や怪我のリスクに配慮する必要があります。
- 天候への左右: 農作業は天候に左右されるため、安定した作業量を確保できない場合があります。
- 農家・農業法人との連携の難しさ: 農家や農業法人との間で、理念や目標、情報共有などにずれが生じる可能性があります。
農福連携は、双方にとって多くの可能性を秘めた取り組みである一方、それぞれの立場や状況を理解し、課題に真摯に向き合うことが不可欠です。
メリットを最大限に活かし、デメリットを最小限に抑えるためには、事前の十分な情報交換と、継続的なコミュニケーション、そして何よりもお互いを尊重し、協力し合う姿勢が重要となるでしょう。