春の息吹が大地を優しく包み込む今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
長い冬を越え、私たちの農園にも、新たな生命の息吹が満ち溢れています。
3月の上旬には甘みたっぷりの人参の収穫を終え、3月後半には鮮やかな緑色のブロッコリーが旬を迎えました。
そして4月からは、私たちにとって一年で最も大切な「仕込み」の時期が始まりました。
これまで、私たちは一年を通して様々な野菜を育ててきましたが、今年からはこの「仕込み」の時間をじっくりと確保し、より深く土と向き合い、未来への種を育んでいきたいと考えています。
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彩り豊かな挑戦の日々:少量多品目栽培の軌跡
園主である私が農業の世界に足を踏み入れてから、早9年が経ちました。
当初は、限られた農地で周りの農家さんに負けないように、と「少量多品目」での野菜栽培に挑戦しました。
多い時には80種類以上、少ない時でも20種類以上の野菜を育て、その彩り豊かな畑は、私たち自身の誇りでもありました。
就農当初、有機栽培や自然栽培といった言葉と共に、「少量多品目」というスタイルは時代の潮流であり、私たちのような小規模農家にとって、販路を開拓していく上での強みになると信じていました。
実際、様々な種類の野菜を少しずつ求める販売先からは、私たちの野菜は重宝されました。
食卓に彩りを添え、少量で様々な味を楽しみたいというニーズに応えることができたからです。
しかし、今振り返ると、この「少量多品目での通年収穫」というスタイルは、私たちのような少数精鋭の農園にとっては、想像以上に過酷なものでした。
畑の準備、種まき、植え付け、管理、収穫、袋詰め、そして配達まで、全ての作業を同時進行で行わなければならず、常に人手が足りない状況でした。
その結果、私たちはいつしか負のスパイラルに陥っていました。
畑の管理が行き届かず、野菜の収量は減少し、品質も不安定になり、結果として取引価格も伸び悩む。
その状況を打開しようと、作付面積を増やせば増やすほど、さらに手が回らなくなり、状況は悪化の一途を辿りました。
頑張っても頑張っても結果が出ない焦燥感と、このままでは農業を続けられないかもしれないという絶望感に苛まれながらも、私たちは「それでも農業を続けたい」「農福連携を通して、共に成長していきたい」という強い思いを胸に、必死にもがき続けていました。
師との出会い、そして新たな道へ
そんな苦境の中、私たちは運命的な出会いを果たします。それは、今の私たちの農業の師となる方との出会いでした。
初めてお会いした時、師は私たちがこれまで取り組んできたことを、ある意味で「全面否定」しました(笑)。
しかし、それは師ご自身の豊かな経験と、数々の成功事例に基づいた、愛情あるアドバイスだったと今では理解しています。
師との対話を通して、私は自身の視野が狭まり、考え方が凝り固まっていたことに気づかされました。
そこから私たちは、少しずつ栽培する品目を減らし始めました。通年収穫をやめることについても、大切なお取引先の方々に丁寧に説明し、ご理解をいただきました。
そして2023年、私たちはついに栽培品目を6種類まで絞り込み、通年収穫からも完全に卒業しました。品目を減らそうと決意してから、実に2年もの時間を要しましたが、それは私たちにとって、未来への希望に繋がる、かけがえのない時間でした。
土と対話する、大切な「仕込み」の時
4月から5月にかけての「仕込み」の時期は、私たちMITUにとって、単なる準備期間ではありません。
それは、土と深く対話し、作物の声に耳を澄ませ、未来の豊穣を育むための、かけがえのない時間です。
この期間、私たちは畑の土壌改良にじっくりと取り組みます。微生物の力を最大限に引き出し、作物が健康に育つための肥沃な土壌を作り上げることは、私たちの農業の根幹です。
また、農福連携で共に働くスタッフや研修生の皆さんが、より安全で効率的に作業に取り組めるよう、作業内容や工程の見直しも行います。
それぞれの個性や能力を最大限に活かし、共に成長できる環境を整えることは、私たちの大きな喜びです。
さらに、これまでの栽培管理の工程を改めて見直し、改善点を探ります。
「収穫や袋詰めで忙しいから、これくらいでいいか…」と、半ば諦めていたような作業にも、今一度、真摯に向き合います。
畑を隅々まで観察することで、これまで気づかなかった土壌の変化や、作物の微妙なサインに気づくことができるようになりました。
この「仕込み」の時間は、私たちにとって立ち止まって深く考えるための、貴重な猶予を与えてくれます。
慌ただしい日々の収穫作業に追われて見過ごしてきた課題や反省点に、じっくりと向き合い、次の一歩をどう踏み出すべきか、思索を深めることができるのです。
未来への眼差し:変化の中で変わらない想い
アフターコロナ、ウクライナ情勢による資材高騰、そして農産物の価格低迷など、私たちを取り巻く環境は常に変化しています。それは農業の世界も例外ではありません。
あくまで私自身の個人的な見解ではありますが、これからの日本の農業は、大きく分けて三つの方向に分かれていくのではないかと考えています。
一つ目は、土作りや肥料を極力抑え、「安かろう悪かろう」の路線を追求する農家。資材価格の高騰と市場取引価格の低迷が続く中で、このような選択をする農家が増えているように感じます。
二つ目は、生産以外の分野に進出し、多角的な経営を目指す農家。オリジナルの肥料や苗を販売したり、他の農家と連携して大規模な取引先に販路を拡大したりする動きも、少しずつですが出てきています。
そして三つ目は、私たちMITUが目指す、品質、収量、そして何よりも「味」に徹底的にこだわり続ける農家です。
もちろん、少量多品目栽培や有機栽培、宅配といったスタイルも、今後も一定数存在し続けるでしょう。
しかし、既存の農家さんが既に販売ルートを確立していることや、2024年の物流問題によって宅配事業の難易度が高まっていることを考えると、一時的に増えたとしても、その後の生存競争はより厳しくなると予想されます。
園主である私の性分として、多くのことに手を広げるよりも、一つのことに黙々と、そして深く取り組むことを好みます。
だからこそ、私たちはこれからも、品質、収量、そして何よりも「美味しい」と心から感じていただける野菜づくりに、情熱を注ぎ続けていきたいと考えています。
私たちの農園は、単に野菜を育てる場所ではありません。それは、土と人との繋がりを育み、共に成長していく喜びを分かち合う場所です。
春の息吹を感じながら、私たちは今日も、未来の豊かな実りのために、土を耕し、種を蒔いています。
これからも、私たちの農園の成長と、そこで育まれる野菜たちの物語を、温かく見守っていただければ幸いです。