新規就農を考えている皆さん、あるいは今まさに奮闘中の皆さん。
今日は、私のこれまでの農業人生と、そこから得た大切な教訓についてお話ししたいと思います。
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「120%出せ!」という言葉に囚われていた日々
私が新規就農した頃、ある方からこんなアドバイスをもらいました。 「120%出して仕事し続けないと、成果なんて出ないぜ」 その言葉を真に受けた私は、毎日毎日、文字通り限界まで現場で働き続けました。
体力も気力も、文字通りすり減らす日々。それが、成果を出すための唯一の道だと信じて疑いませんでした。
2013年、私は農業を始めました。当時、東日本大震災からの復興途上にあった仙台沿岸の畑は、借りられる見通しがなかなか立たず、本当に苦労しました。
それでも、かろうじて25aの畑を借りることができ、さらに大崎市にある祖母の家の周辺の畑25aも借りて、ようやく耕作をスタートさせました。
農業だけで生活費を稼ぐことは難しかったので、当時は言語聴覚士の仕事をパートで週3回ほど。さらに、大学院にも週3回通いながら、それ以外の時間を全て畑に注ぎ込んでいました。
今振り返っても、本当によくあの頃の自分は走り続けていたなと思います。まさに、心身ともに全力で駆け抜けていた日々でした。
全力で走っても、成果は出るとは限らない
しかし、全力で走ったからといって、必ずしも成果が出るわけではない、ということを私は身をもって知りました。
残念ながら、私の場合は「走り方」が間違っていたようで、思うような成果は得られませんでした。それどころか、その後何年もの間、苦戦の連続。正直なところ、今もまだ試行錯誤の日々です。
毎日毎日、限界まで全力で走り続けていると、どうなるでしょうか。 まず、体には疲労が蓄積します。そして、疲労が溜まると、心にも余裕がなくなっていきます。
気持ちがイライラし、荒んでいくのを感じるようになります。心が荒んでいくと、他人に優しくすることもできなくなり、周りの人を敵視してしまうことさえあります。
そうなると、当然ながら、人、お金、そして巡ってくるはずのチャンスまでもが、どんどん自分から離れていってしまうんです。
この段階まで来てしまうと、もう視野を広げることも難しくなります。考え方も凝り固まってしまい、新しい視点や柔軟な発想が生まれてこなくなってしまいます。まさに、悪循環のど真ん中にいるような状態でした。
「力抜いてみたら?」からの転機
そんな状況が数年続いたある日、私の師匠や妻から、こんな言葉をもらいました。
「力抜いてみたら?」 正直、最初は戸惑いました。全力でやってきたのに、力を抜くなんて…と。
しかし、少しずつ彼らの言葉を受け止め、自分の働き方や考え方を見直すきっかけとなりました。
長年染み付いた考え方を変えるのは、本当に時間がかかるものでしたが、少しずつ意識を変える努力を始めました。
まず私が実践したのは、今の自分の体力で限界値(これを100と設定)を把握し、その8割くらいの力で毎日仕事をする、という働き方への変更でした。
具体的には、
- 体力の把握: 自分が一日どれくらいの作業をすれば疲労が溜まるのかを意識的に把握する。
- 8割設定: その限界値の8割程度の作業量に留める。
- 意識的な休憩: 定期的に休憩を挟み、体を休ませる。
- 翌日への影響を考慮: 翌日に疲れを持ち越さないように、その日の作業量を調整する。
8割で働くことで見えてきたもの
この「8割」の働き方に変えてから、驚くほどの変化がありました。
- 翌日に疲れを持ち越さない: 最も大きな変化は、翌日に疲労をほとんど持ち越さなくなったことです。これにより、朝から集中して仕事に取り組めるようになりました。
- 心の余裕: 気持ちに焦りやイライラが格段になくなりました。心穏やかに、落ち着いて物事に取り組めるようになったのです。
- 視野と思考の広がり: 余力を残すことで、精神的にも肉体的にも余裕が生まれました。すると、それまで凝り固まっていた視野や思考が、フワッと広がるのを感じたのです。今まで見落としていた細かな変化や、気が付かなかった新しいアイデア、改善点などに気づけるようになりました。これは、毎日限界まで働いていた時には決して得られなかった感覚です。
もちろん、緊急でなにか対応しないといけない場合や、どうしても残業しないといけない日もあります。そういった時には、一時的に限界値まで動くこともあります。しかし、それでも毎日毎日限界まで働き続けるのに比べたら、体力も精神も格段に削られずに済んでいます。
新規就農を考える皆さんへ
私の経験を通して、これから新規就農を考えている皆さん、あるいは今まさに農業の現場で奮闘している皆さんに、心から伝えたいことがあります。
「時には120%出すときも必要だけど、基本は80%くらいにして余力を残していたほうがいいよ」
これは、単に楽をするという意味ではありません。 余力を残すことは、
- 持続可能性: 長期的に健康に働き続けるために不可欠です。体が資本である農業において、これは何よりも大切なことです。
- 柔軟な対応力: 予期せぬトラブルや緊急事態が発生した際に、冷静に対応できるだけの体力と精神的な余裕が生まれます。
- 学習と成長: 視野が広がることで、新しい技術や知識を学ぶ意欲が湧いたり、経営戦略を練る時間を持てたりします。
- 人間関係: 心に余裕が生まれることで、周囲の人々に対して優しく接することができ、良好な人間関係を築くことができます。
私自身の周りでも、毎日限界まで働き続けた結果、精神的に病んでしまったり、最悪の選択をしてしまったりする人を見てきました。
経営の仕方、戦い方には本当に様々な方法があります。精神的に病んでしまうまで自分を追い込む必要なんて、全くないのです。
せっかくなら、楽しく仕事をしていきたい。 農業は、私たちにとって素晴らしい仕事です。その素晴らしい仕事を、心身ともに健康な状態で、長く続けていくために。「8割」の働き方を、ぜひ一度試してみてほしいと思います。
あなたにとっての「8割」はどんな働き方ですか? ぜひ、自分にとって無理のない、心地よい働き方を見つけてみてください。