宮城県仙台市に拠点を置く農園MITUでは、農業体験や研修を通して、様々な背景を持つ方々の成長を支援しています。
当園には、将来の就農を目指す方だけでなく、「農業を通して生活リズムを整えたい」「体力をつけて新たな仕事に挑戦したい」「自然の中で自分と向き合う時間が欲しい」といった、多様な目的を持った方々が訪れます。
本記事では、農園MITUがどのように社会的な課題を抱える方々の研修を受け入れ、それぞれのペースに合わせた支援を行っているのかをご紹介します。
農福連携に関心のある方や、人材育成、社会貢献に関わる皆様にとって、少しでも参考になる情報となれば幸いです。
※2025年現在、農園MITUでは研修生の新たな受け入れを一時的に停止しております。再開時期は未定です。何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。
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「とりあえずやってみよう」から始まる、それぞれの物語
農園MITUに研修に来られる方の多くは、県内の福祉施設や支援団体からの紹介がきっかけとなっています。
もちろん、個人の方から直接お問い合わせいただくケースもありますが、基本的にはこれらの機関と連携し、農業を通じたオーダーメイドの研修プログラムを提供しています。
「研修プログラム」と聞くと、綿密に計画されたものを想像されるかもしれませんが、私たちの実際のスタンスは少し異なります。
多くの場合、「まずはやってみましょう」という言葉から全てが始まります。
もちろん、事前にご本人や紹介元の施設・団体から詳しいお話を伺いますが、実際に農作業を体験してみなければ分からないことが多いと感じています。
土に触れ、作物の成長を肌で感じる中で、新たな発見や課題が見えてくることもあるでしょう。
研修の途中で、農作業が合わないと感じたり、体調を崩してしまったり、あるいは当園との方向性の違いから研修を終える方もいらっしゃいます。
しかし、私たちはそれもまた「やってみて分かったこと」として尊重しています。全ての結果が、その方にとっての学びとなり、次のステップへと繋がる糧になると考えているからです。
丁寧な「聴く」と、温かい「見守る」
「とりあえずやってみよう」という柔軟な姿勢を持ちながらも、研修生一人ひとりと真摯に向き合うためのプロセスを大切にしています。それは、丁寧な「話し合い(傾聴)」と、注意深い「行動観察」です。
じっくりと耳を傾ける – 心の声を聴く時間
面談や日常的なコミュニケーションを通して、研修生の方々の様々な側面に耳を傾けます。お伺いする内容は多岐にわたります。
- 家族構成:家庭環境は、その人の考え方や行動に大きな影響を与えることがあります。
- 悩み:現在抱えている不安や課題を共有してもらうことで、私たちがサポートできることを見つけます。
- 目標:将来の夢や目標を明確にすることで、研修の方向性を共有し、モチベーションを高めます。
- これまでの歩み:過去の経験や困難を理解することで、現在の状況をより深く理解することができます。
- 本人の趣味/好きなこと:興味や関心のあることと農作業を結びつけることで、意欲的に取り組めるように工夫します。
- 苦手なこと:無理のない範囲で、少しずつ克服できるようサポートします。
- 研修の頻度:体力や生活リズムに合わせて、無理のないペースで研修を進めます。
- 研修費:経済的な負担も考慮し、可能な範囲で調整を行います。
- 契約の有無:双方合意の上で、安心して研修に取り組めるようにします。
- 施設、団体から見た研修生の性格と特徴:第三者の視点からの情報を得ることで、より多角的に理解を深めます。
話を聴く際には、常に落ち着いた態度と笑顔を心がけています。これは、相手に安心感を与え、心を開いて話してもらうための大切な心がけです。
私たち自身にとっても、リラックスした雰囲気でコミュニケーションを取ることで、より良い関係性を築けると信じています。これは、園主である佐藤が医療福祉の現場で培ってきた経験から得た、大切な学びの一つです。
静かに見守る – 行動の中に現れる個性
話し合いと並行して、研修に来られている方の作業の様子を注意深く観察します。これは、言葉だけでは伝わらない、その人の個性や潜在能力を理解するための重要なプロセスです。
観察するポイントは多岐にわたります。
- 目標達成に向けた行動:目標としていることに対して、どのような意識で取り組んでいるかを見ます。
- 作業負荷への適応力:どの程度の負荷であれば無理なく作業を続けられるのかを把握します。
- 得意なこと、不得意なこと:その人の強みや課題を見つけ、作業内容の割り振りや指導方法に活かします。
- 集中力:作業にどれくらいの時間集中して取り組めるか、集中力の持続性を見ます。
- 集中力の波:集中力が低下するタイミングを把握し、適切な声かけや休憩の促しを行います。
- 集団作業と個人作業の適性:どちらの作業形態がその人に合っているかを見極めます。
- 理解力:指示や説明をどの程度理解できているかを確認し、必要に応じてより丁寧な説明を心がけます。
- 判断力:迷った時にどのような行動を取るかを見ることで、自律的な意思決定を促すためのサポートを検討します。
- 休憩の意識:特に暑い時期など、作業に夢中になりすぎて休憩を忘れがちな場合に、適切なタイミングで休憩を促します。
- 体力:体力的な限界を見極め、無理のない範囲で作業に取り組めるように配慮します。
研修生の方からすれば、「なんだか見られているみたいで嫌だな」と感じるかもしれません。しかし、私たちはこの観察を通して、その人にとって最適な関わり方を見つけようと真剣に向き合っています。
それぞれのペースで、それぞれの社会へ
丁寧な話し合いと観察を通して得られた情報を基に、研修生一人ひとりに合わせたオーダーメイドの作業内容とスケジュールを作成します。
もちろん、実際に作業を進める中で「もしかしたら、このやり方は合わないかもしれない」と感じた場合には、柔軟に計画を修正していきます。
具体的な事例として、数年後の就労支援施設での就職を目標としている研修生の方のケースをご紹介します。
その方は、「お金をもらうと心理的な負担が大きくなって働けなくなる」という特別な要因を抱えていたため、研修費はいただかず、ご自身のペースで研修に通っていただいています。
この方との対話や行動観察を通して、私たちはいくつかの重要な点 を把握しました。
- 自己肯定感の低さ、または愛着形成における困難:過去の経験から、自分自身を肯定的に捉えることが難しい傾向が見られました。
- 目標設定の高さと落ち込みやすさ:理想を高く掲げる一方で、目標に到達できない時に深く落ち込んでしまう傾向がありました。
これらの点を踏まえ、私たちはその方に作業をお願いする際に、以下の点を意識しました。
- 目標基準の自然な引き下げ:本人が掲げる目標を、できるだけ意識させない形で、達成しやすいレベルに調整しました。小さな成功体験を積み重ねることで、達成感を感じてもらうことを重視しました。
- 達成感を重視した作業後の声かけ:作業が終わった際には、具体的な成果を認め、努力を褒める言葉をかけるように心がけました。
- 集中力が途切れやすいタイミングでの声かけ:集中力が低下し始めたと感じた際には、短い休憩を促したり、作業内容を簡単なものに変更したりするなどの工夫を行いました。
- ミスに対する建設的なフィードバック:作業ミスがあった場合でも、頭ごなしに叱るのではなく、「次はこうすればうまくいくよ」といった、前向きな言葉で伝えるように努めました。
- 無理のない体力づくり:将来の就労に向けて、徐々に体力をつけていく必要があると考え、重労働も「嫌にならない程度」に、少しずつ任せるようにしました。
私たちは、研修生一人ひとりが、それぞれのペースで社会に踏み出すことができるよう、意識的に背中を押すのではなく、そっと支えるような関わり方を大切にしています。
一方で本人やご家族が「農業法人で働きたい」「一般企業で働く」という希望をお持ちの方にはそれなりのノルマや厳しい指導をすることもあります。
この部分はいつもとても難しいと感じています。
本人に現状を受け入れてもらうために決められた量を決められた時間内で終わらせてもらうよう指導することがあります。
例えば、健常者が1〜2時間で終わる作業を3時間で終わらせるようにするといった形です。
作業を時間内に終わらせることができれば何も問題はないのですが、作業が終わるのに5時間や6時間かかることもあり、本人が強くストレスを感じたり疲労を感じることもあります。
そういった状況をみて企業への就職ではなくA型就労支援施設を勧めたりもしますが、うまくいかないことも多いというのが現状です。
最後に – 多様な支援のあり方
この記事を通して、農園MITUにおける、社会的な課題を抱える方々への研修のあり方をご紹介しました。
私たちは、画一的な指導ではなく、一人ひとりの個性やペースを尊重し、「とりあえずやってみよう」という実験的な精神で、それぞれの成長をサポートしています。
もちろん、意欲のない方や、要求ばかりを主張するような方には、私たちの研修スタイルは合わないかもしれません。
また支援=何でも許される、全て優しい対応をしてくれると誤解される方もいらっしゃいますが、私たちの研修では時に厳しい指導をすることもあります(他の方や取引先さんに迷惑がかかるような行為をしたとき)
私たちは、自ら変わりたい、目標を実現したいという強い意志を持つ方を、心から応援したいと考えています。
支援の方法や考え方は多種多様です。
それぞれの立場や経験に基づいたアプローチで、目の前で悩みや課題を抱えている方々の背中を、少しでも押していくことができればと願っています。
改めて、2025年現在、農園MITUでは研修生の新たな受け入れを一時的に停止しております。再開時期は未定です。ご理解のほどよろしくお願いいたします。