MITUの新たな挑戦ー集団移転跡地と復興の先

2018年もあと三ヶ月、と考えると、時間の流れが早すぎて焦りを感じます。

東日本大震災から7年半が過ぎました。 

あのときから、障害者就労の現状を知り、新規就農に奔走し、株式会社MITUを設立。
毎年のように予期できなかった天候不良や水害、盗難など毎年頭を抱えながらも、念願の畑で引きこもり生活を送り、毎週来てくれる障がいのある方と作業をしたり、起業仲間や仕事仲間も増え、喜怒哀楽に富んだ農的生活を走ってきました。 

そんなMITUですが、先日「仙台市集団移転跡地利活用事業者」に選定されました。

仙台沿岸の集団移転した跡地で

集団移転跡地とは

集団移転跡地とは、東日本大震災の津波で被災した地域の中で「災害危険区域」に指定され、現地での居住ができなくなり、住民が集団移転した跡地。
仙台市では、集団移転跡地の利活用を通して地域の活性化などを行う事業者を昨年募集していました。 

私たちMITUも集団移転跡地利活用事業者の募集を見て、「これだ!」という想いで募集に応募しました。 

地域の現状

月日が立つに連れ、仙台沿岸部では復旧工事から復興工事へ、そして防災も兼ねたかさ上げ道路が着々と完成に近づき、地元は震災前とはがらっと変わった雰囲気になりました。 

新しい道路に、規則正しく形の整った田畑。
地元で自宅再建した人たちの新しい家。 

外側を見ると、新しい街ができるような気さえしてくる風景。
現実は、高齢化が進み、地元が衰退していくのを日に日に感じます。 

高齢化と人口減少はもはや都市近郊でも身近に感じられる問題です。
かつては夕方になると子どもが広場で遊んでいる声が聞こえていたのですが、今では子どもの姿も見る機会が少なくなりました。 

農業をしていて地元に新規就農者が増えてきたとはいえ、農家の平均年齢は70歳を超えるか超えないかくらい。
災害危険区域外で自主移転した土地は資材置き場に変わり、かつての自然豊かな地域は「どこに消えた?」と思えるほどです。 

閑散としてしまった地域。
自分自身の生まれ育った故郷だからこそ、思うことが有りました。

農業を通して私たちが出来ること

そんな地元を見てきて、MITUとしてできることは何かを考えてきました。
考えても考えても、難しくて頭がパンクしちゃうんですよね(笑) 

なので、私たちが頭に思い描いているビジョン、空絵図を実際にやってみよう!ということになりました。 

地元で新規就農者を中心としたマルシェを開いて地域の交流をする 
新規就農の仲間と持続可能な農業に向けて活動する
農作業や収穫体験に興味のある人たちと作業をともにする
障がいのあるなしにかかわらず、農業してみたい!という人と農業する
かつての佐藤と同じ悩みを抱えた人たちが畑で心も身体もすっきりする場をつくる
人生経験豊富な人に家庭料理や加工品のおいしいレシピを教わる 

などなど

挙げればキリがないけれど、畑が賑やかになることで、笑い声が飛び交うことで地域の何かしらの刺激になったらいいなあと考えています。

「畑から元気を届ける」 

このMITUのコンセプトを突き詰めて、思い描いた空絵図を実行に移していきます。 

交付式にて

 

事業者に選定されたことで、仙台市長から交付状をいただきました。 
一生に一度あるかないかの貴重な経験。特別応接室にて市長と局長と少しお話をさせていただき、その後、交付式と写真撮影。 

身の引き締まる想いと「これから突き進むぞー!」というワクワク感。 

志の同じ人と賑やかな場所にしていきたいです。

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