2013年から2019年まで、「自然農園」という名前で農園を営んでいた頃、お客様からよくこんな質問をいただきました。「無肥料栽培なんですか?無肥料でも野菜ってちゃんと育つんですか?」。
確かに、「無肥料栽培」という言葉は、自然栽培に関心のある方なら一度は耳にしたことがあるかもしれません。自然栽培という大きな枠組みの中に、肥料を一切使わないという栽培方法があるのも事実です。そして、実際にそれを実践されている農家さんもいらっしゃいます。
しかし、一方で「本当に肥料を使わなくても育つんだろうか?」「収穫量は減ってしまうんじゃないか?」といった疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
そこでこの記事では、私がこれまで自然農園を運営する中で得た知識や経験、そして無肥料栽培について調べた情報を踏まえ、無肥料栽培について深く掘り下げてお話したいと思います。
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まずは基本。「自然農法」ってどんな農法?
健康志向の高まりから、野菜を選ぶ際に「オーガニック」や「自然栽培」といったキーワードが気になる方も多いでしょう。では、そもそも「自然農法」とはどのような農法なのでしょうか?
以前のブログ記事(https://sizennouenmitu.com/archives/1026)でも触れましたが、改めて簡単におさらいします。
自然農法は、一般的に以下の理念や特徴を持つ農法と定義されます。
- 不耕起(耕さない): 土壌の自然な構造や微生物の生態系を維持するため、 耕うんを極力行わない。
- 無肥料(肥料を与えない): 化学肥料はもちろん、動物性堆肥などの有機肥料も原則として施用せず、土壌本来の持つ力や植物の自力に委ねる。ただし、実践者によっては緑肥や植物性の有機物を活用する場合もある。
- 不除草(草を取りすぎない): 雑草を完全に排除するのではなく、共存することで土壌の保水性や肥沃度を高めたり、益虫を呼び込んだりする効果を利用する。必要に応じて刈り払いなどの管理は行う。
- 無農薬(農薬を使わない): 化学合成農薬はもちろん、自然由来の農薬も原則として使用せず、作物の自然な抵抗力や多様な生物の力を借りて病害虫の発生を抑制する。
- 自家採種: 種子を自家採取し、その土地の気候風土に適応した作物を育成することを目指す。
これらの要素は、自然の摂理に逆らわず、土壌、植物、そして周囲の生態系全体の調和を重視する考え方に基づいています。
自然農法の研究を行っている自然農法国際研究開発センターの定義によると、「すでに自然農法を実践しているだけでなく、それを目指して栽培をしているものも自然農法の一部」とされています。つまり、確立された単一の方法論というよりも、自然の理にかなった持続可能な農業を目指す幅広い取り組みを指す言葉と言えるでしょう。
興味深いのは、自然農法の実践方法は提唱者によって多種多様であるという点です。どの方法が絶対的に正しいというわけではなく、それぞれの土地や環境に合ったやり方を見つけていくことが大切だと考えられています。
その根底にある理念や原理としては、自然の摂理を規範とし、土壌本来の力や生態系の働きを最大限に引き出すことで、農薬や化学肥料に頼らずとも永続的な食料生産を行うことを目指しています。
自然農法の中の1つの形。「無肥料栽培」とは?
さて、本題の「無肥料栽培」についてです。自然農法という大きな考え方の中で、肥料を一切使わないという栽培方法は、具体的にどのようなものなのでしょうか?
調べてみると、無肥料栽培を実践している方々の間でも、その方法にはいくつかのバリエーションがあることがわかりました。大きく分けると、以下の3つのパターンが挙げられます。
① 畑に外部から植物の栄養となるものを一切入れない・持ち込まない方法
文字通り、畑の外から有機物はもちろん、いかなる肥料や土壌改良材も持ち込まず、土壌が本来持つ力だけで作物を育てるという方法です。
② 植物由来のもの(米ぬかやワラ、油かす、落ち葉など)のみ使用する方法
この方法は、化学的に合成された肥料は一切使用しないものの、植物由来の有機物を肥料や土壌改良材として活用します。例えば、米ぬか、ワラ、油かす、落ち葉、草などを用いる場合があります。
③ 自家製のオリジナルぼかし肥料はOKとする方法
自家製の発酵肥料(ぼかし肥料)を、肥料として認める考え方です。この場合も、化学肥料は使用しませんが、微生物の力を借りて有機物を分解・発酵させたものを植物の栄養源として利用します。
このように、無肥料栽培と言っても、実践者やその考え方によって幅があるのが現状です。一般的には、植物由来のものや自家製ぼかし肥料も、土壌に何らかの形で栄養を供給していると捉えられるため、「無肥料」と厳密に言うには少し議論の余地があるかもしれません。
また、米ぬかや油かすといった資材そのものの安全性も考慮する必要があります。例えば、無農薬栽培された米から採れた米ぬかを使用しているのか、あるいは一般的な市販の米ぬかを使用しているのかといった点です。特に、市販の油かすには遺伝子組み換え作物を原料としている可能性も否定できません。
もし、「無肥料栽培」という言葉を最も厳密な意味で捉えるのであれば、①の「畑に外部から植物の栄養となるものを一切入れない・持ち込まない方法」が最も当てはまると言えるでしょう。
外部からの栄養なしで、本当に野菜は育つのか?
では、最も厳密な意味での無肥料栽培、つまり外部から一切の栄養を投入しない状態で、本当に植物は育つのでしょうか?
私の個人的な見解としては、「数年間は育つけれども、その後は収穫量や品質が一気に低下する可能性がある。完全に育たないわけではない」というものです。
新規就農したばかりの頃、比較的近くで自然農法で無肥料栽培を実践されていた方にお会いする機会がありました。その方は、最初の5年ほどはなんとか無肥料で栽培を続けることができたそうですが、それ以降は作物が思うように育たず、生活していくのが困難になり、最終的に農業を辞めてしまったとおっしゃっていました。
この方以外にも、過去に自然栽培のブームが起こった際に無肥料栽培に取り組み、数年で断念されたという話を何人かの農家さんから聞いたことがあります。
もちろん、完全に外部からの栄養を断った状態でも、条件が揃えば作物が育つ可能性もゼロではありません。例えば、
- 山の中の畑で、常に山の斜面から雨水とともに自然の栄養分が流れ込んでくるような場所
- ミネラルを豊富に含む地下水が近くを流れており、それが畑に浸透するような環境
- 降雨量が多く、雨水自体にも微量の養分が含まれている地域
といった特殊な条件が揃っていれば、無肥料でも一定の収穫を維持できる可能性はあるかもしれません。
多くの自然農家さんは、何らかの資材を入れている
外部から一切の栄養を入れずに作物を育てることの難しさからか、実際には何らかの資材を畑に入れている自然農家さんが多いのも事実です。
例えば、米ぬかや麦ぬかを発酵させた「ぼかし肥料」、収穫後の稲や麦の茎であるワラ、庭や畑に落ちた葉や刈り取った雑草を堆積させて作った堆肥、そしてアミノ酸を主成分とする液体肥料などです。
これらの資材は、生産者によっては「肥料」という認識ではなく、「土壌の微生物を活性化させ、土の力を高めるための資材」と捉えられています。そして、これらの資材を投入する栽培方法を「無肥料栽培」と呼ぶかどうかは、生産者と購入者それぞれの判断に委ねられているのが現状です。
無肥料栽培のメリットとは?
それでは、あえて肥料を使わない無肥料栽培には、どのようなメリットがあるのでしょうか?
無肥料栽培を実践する農家さんのお話でよく聞かれるのは、化学肥料などを使った場合に野菜に蓄積されることがある「肥毒(ひどく)」と呼ばれる物質(一般的には硝酸態窒素を指すことが多いようです)の問題です。肥料を使わずに育てた野菜は、この肥毒が少ない、あるいは含まれないため、より安全で美味しいと言われています。
また、化学的に合成された肥料に対してアレルギーを持つ方や、動物性の肥料を使って育てられた野菜を避けたいという方もいらっしゃいます。そのような方にとって、無肥料栽培の野菜は安心して食べられる選択肢となります。
ただし、注意しておきたいのは、化学物質過敏症の方の中には、自然界に存在する特定の物質(自然毒)に対しても過敏に反応してしまう方もいるということです。そのため、無肥料栽培の野菜が全ての方にとって安全であるとは一概には言えません。
どんな農法であれ、最後は「土作り」が最も重要
ここからは私の個人的な考えですが、農業には本当に様々な農法や栽培方法があり、どの農法が絶対的にダメで、どの農法が絶対に良い、ということはないと思っています。
残念ながら、自分の実践している農法だけを絶対的な「善」とし、それ以外の農法を「悪」と捉える一部の農家さんもいらっしゃいます。しかし、作物を育てる側の考え方、食べる側のニーズ、そしてそれぞれの地域や環境によって状況は大きく異なるため、「悪」や「善」といった単純な二元論で語れるものではないと考えています。
それぞれの農家さんがどのような志や想いを持って農業に取り組んでいるのか、そしてその土地や環境がどのような特性を持っているのかによって、最適な栽培方法は変わってきます。
私が最も大切だと考えているのは、「どんな農法か」ということよりも「どんな『土作り(育土)』をしているか」ということです。
*本来は「育土」という言葉の方が適切かもしれませんが、より多くの方に理解していただくために、ここではあえて「土作り」という言葉を使います。
健康な土壌は、作物が病害虫に強くなり、農薬に頼らずとも健全に育つための基盤となります。長年農薬を使わずに野菜を育てていく中で、最終的に行き着くのは「土作り」の重要性です。
もし、自分に合った農家さんや農産物を見つけたいと思った際には、「どのような農法で育てているか」だけでなく、「どのような『土作り』を心がけているか」を尋ねてみることをお勧めします。その答えの中に、その農家さんの作物への愛情や哲学が垣間見えるはずです。
当園での「土作り」の試み
私たちの農園では、土壌の状態を深く理解するために、定期的に土壌分析を行い、土壌の栄養バランスや微生物の多様性を調べていました。また、畑に生えてくる草(雑草)の種類や土の硬さ、そしてその年の気候変動の予測などを総合的に考慮しながら、土作りの方針を考えていました。
具体的な取り組みとしては、ソルゴーやひまわり、麦といった植物を育て、それらを緑肥として畑に鋤き込んだり、地元の自然養鶏農家さんから鶏糞堆肥をいただき、畑に投入したりしていました。
野菜の種を播いたり、苗を植えたりする前には、特に以下の3点に 注意を払っていました。
① 畑の水はけと水の流れを綿密に計算し、最適な畝の形状と配置を決めること。
② 土壌分析の結果に基づき、必要に応じてアミノ酸肥料やミネラル肥料を少量施し、土の養分バランスを整えること。
③ 微生物資材を活用し、土壌中の微生物のバランスが良好になるように促すこと。
このような土作りを通して、私たちは健康な野菜が育ち、その健康な野菜を食べることで、人々の健康にも繋がると信じています。
おわりに
いかがでしたでしょうか?自然農法における無肥料栽培は、一言で語れるほど単純なものではなく、様々な考え方や実践方法があることがお分かりいただけたかと思います。
大切なのは、どのような農法であるかという表面的な情報だけでなく、その農家さんがどのような「土作り」を行い、どのような農産物を育てているのかを見ることです。そして、ご自身の求める健康な食材のイメージと照らし合わせながら、最適な選択をしてみてください。